自分の存在意義を考える。

最近は、私も仕事の内容で助言を求められることも増えていて、
感じることなのですが「善意の搾取」をする人が増えています。
「プロの仕事」「能力の最大化」「価値の提供」は、
会社の大きなテーマなので私も微力でも力になれば良いし、できることはしてあげたいと思っていますが・・・・

あなたは、自分のできないことを、当たり前のように、先輩に「教えてください」「答えをください」と言ってませんか?

数学や国語のテストと違って、「仕事」で求められる「結果」に正解はありません。
「正解」があるとすれば、それは、そのとおりやればいい「作業」です。
作業においては、時給600円のアルバイトも、時給6,500円(月収100万以上)の人も、出来る事にたいした差はありません。
つまり、仕事の正解がわかっていたら、やるのは誰でもいいことになります。
むしろ、学生バイトに頼んだほうが効率的で、あなたに頼むこと自体にどれぐらいの費用対効果があるのかの疑問が発生します。あなたが学生レベルということなら、そっちはそっちで新たな問題です。

つまり、答え(結果)を出すためのやり方を考え実行することこそが仕事で、「教えてください」「答えをください」は「自分は無能です」という吐露でしかなくなってしまいます。

どうしても行き詰ってしまって、参考の意見が欲しければ「具体的な手法」について考えを述べて「意見」をもらうべきです。

「意見」についても、その人の「善意」でいただくものであって、強制される類のものではないはずです。

自分の意見も述べないで、自分の仕事の責任を『もらった「答え」』に転嫁しようとするのは善意を利用した「搾取」でしかない。

「意見がないと仕事ができない」と「善意の強要」をしたうえで「搾取」までしようというのでしょうか?

最近は、指導は先輩の義務のように考えて「教えるのは当たり前」的な人たちが多いように感じます。

自分の存在価値は、職場の先輩・上司への「善意の強要」、「善意の搾取」なんでしたっけ?
その質問、仕事における存在価値を考えてからしていただきたいのです。

「最近の若い者は」なんて言いたくはないのですが・・・5千年も前の古代エジプトのピラミッド遺跡の壁画にも「最近の若い者」への小言は、あったそうで、いつの時代も変わらないようです。

きっと、私の先輩も同じように思っていたに違いありませんが…
残念な伝統は引継ぎたいと思いません・・・・

ではまた。